ども!
がりぼんッスヾ(o´∀`o)ノ
本日のブログ記事は、少々間が開いてしまったけど、奈良旅行の続きのお話。
さて、東大寺の南大門を見学した、がりぼん一行⇒★
そしてこちらは、東大寺の大仏殿の中門。

これまた立派な門だよね。
この先には大仏殿があって、かの有名な奈良の大仏さんがいらっしゃる。
もちろん、大仏殿も見学するんだけど…。
まずはその前に、東大寺の中にある「正倉院(しょうそういん)」を見に行くことにした。
正倉院はというと、こんな場所にある。

大仏殿よりちょっと離れた、北の方にあるんだ。
大仏殿の敷地だけでも大きいからね。
そう考えると、東大寺の境内はとてつもなく広い。
まずは、大仏殿の廻廊の横を通って、正倉院の方へと歩いて行く。

廻廊もまた、立派だよね。
しばらく歩いていると、正倉院の案内看板などが登場するので、それに従ってひたすら歩く。
すると、なにやら意味有り気な門が現れるんだ。

この門は一体何だろう??
門の前に立っている案内が、ちょっとよく見えないんだけど…、と思いきや!
手前に親切に張り紙がしてあった。

ふむふむ(。・ω・。)
遠い昔の奈良時代から、宝物を大切に保存してきた正倉院。
今でも、宝物は宮内庁によって管理されているんだけど、その宝物を保存している建物が昔から使われている「正倉(しょうそう)」ではなく、防災設備などが万全に整った新しい宝庫に移してあるよ。
ということのようだ。
んで、こちらがその新しい宝庫の「西宝庫」だ

まぁ、確かに、奈良時代の建物には見えないもんね(〃´ω`〃)
そして、ここからもう少し歩くと、古来より唯一残ったとされる正倉がある。

なんか奥まった場所って感じで、ドキドキするよね。
んで、この道をまっすぐ歩いて最初に見えるのが、これまた新しい宝庫の「東宝庫」だ。

そして、ついに!
さらに厳重に門と柵の奥にある黒い建物が、正倉だ!

正倉院の配置図としては、こんな感じ↓

奈良時代から宝物を収蔵してきた宝庫、これら一体を正倉院と呼ぶみたいなんだけど。
1000年以上もの時を超えて、たった一棟だけ残ったとされる正倉が、この黒い建物なんだって。

だからさ、中にあった宝物も、もちろん貴重な品なんだけど。
奈良時代に建てられたとされる、この建物自体が、めちゃめちゃ貴重なお宝なんだよね。
だって、奈良時代よ、奈良時代(`・д・´)
1000年以上も前よ!!
そんな建物が、目の前に建っているって、すごいよね!!!
そして、やっぱり、古代の倉庫といえば「高床式倉庫」よ。

最近の歴史の教科書では「高床倉庫」っていうのかな?
まぁ、とにかく、床下が高いのが特徴。
我々現代人からすると、床下が高いからって、どれほどの効果があるんだ?
なんて思ってしまうけど…。
正倉院に収蔵されていた宝物は、1000年前のものとは思えないほど保存状態が良いらしく、高床式のおかげで湿気や虫から守られていたようだ。
さらに!
この扉に注目よ。

この扉にかかっているのは、ただの鍵じゃない!
「勅封(ちょくふう)」がかけられていて、天皇の許可がないと扉を開けることができなかったそうだ。
もうさ、泥棒とか、そんなレベルじゃなかったんだね。
そのおかげもあって、むやみやたらに宝物を出し入れしなかったことも、良好な保存状態に大きく影響したようだ。
とはいえ、長い歴史の中で最初から全部の扉に勅封がかけられていたわけではなかったようだ。

この正倉には扉が三つあって、中も三つに仕切られていて、収蔵する品にも違いがあったそうだ。
だから、最初は一番右の「北倉」のみに勅封がかけられていたんだってさ。
真ん中にある「中倉」が、いつの時代から勅封倉になったかは、よくわからないけれど…。
明治以降は、一番左の「南倉」にも、勅封がかけられるようになったんだってさ。
そして、今現在は宮内庁が管理しているそうだ。
ところで、「正倉院はシルクロードの終着点」なんて言葉があるように。
なんとなく正倉院の宝物って、シルクロードを通って、さらには中国から海を渡って来た品がたくさんあるようなイメージがあるじゃない?
けどさ、どうやら国産の品もけっこうたくさんあるらしいんだよね。
それらの宝物は、毎年秋に奈良国立博物館で見ることができるそうだ。
なんだか興味あるよね。

そして、正倉を見学している時に、気になるものがあったんだけど…。
あれは放水銃かな?

カバーが被さっていて、よくわからなかったけど…。
きっと、突然の火災などに対応する放水銃だよね??
まぁね、奈良時代の建物を守るために、いろんな工夫があるんだろうね。
そんな、正倉院を見学した様子は動画でも紹介しているので、良かったら見てみてね↓
なんだか凄いものを見ちゃったな。
お次は、またまた凄いもの!
次回はいよいよ、東大寺の大仏殿へと。。。
潜入だ!!⇓

コメント