ども!
がりぼんッス(・∀・)ノ
本日のブログ記事は、前回からの続きで松本城を見に行った時のお話⇒★
ここは、国宝 松本城の「太鼓門(たいこもん)」前。

今はさ、松本の街中にどどんっ!とお城がある感じがするんだけど。
昔の松本城はもっと敷地が広くて、この太鼓門が三の丸から二の丸に入る正門だったそうだ。
要は正面玄関ってやつ。
三の丸とか、二の丸とか、言葉で聞いてもピンッとこないけどさ。
松本市立博物館にあったジオラマを見てみると、昔の様子がよくわかる。

現代もこの太鼓門をくぐると、松本城に入った!って気分になるよ。
んで、お城の正面玄関と言えば、鏡石(かがみいし)と呼ばれる巨石があることが多いんだけど。
この松本城も太鼓門を入ってすぐ正面に、巨大な石があったね。

この巨石は「玄蕃石(げんばいし)」って呼ばれているんだってさ。
鏡石の様にツルんとはしていないんだけど、ゴツゴツと威圧感のある巨石だったね。
まぁ、威厳を見せつけるために、こういった巨石がお城の正門にはあるそうだから、威圧感を感じて当然。
現代人の がりぼん からすると、威厳を見せつけるって、逆に「なんだかなぁ~」って思っちゃうけど…。
当時の人からしたら、威厳とか、身分とか、格式とか、メチャメチャ重要だったんだろうね。

それにしてもさ、松本城って外からの見た目が抜群だよね(・ω・)
天守の中よりも、外からのほうが見応えがあるような気がする。
けど、せっかく松本まで来たんだから、やっぱり天守の中に入りたいよね!
てなわけで、やって来たのは「黒門(くろもん)」

この黒門より先は天守のある本丸となり、とても重要な入口だ。
今の黒門には券売所があって、ここから先が有料の見学エリアとなる。
そして、一緒に記念写真を撮ったのは、松本市のアルプちゃん。
ジオラマで黒門と天守の位置関係を見ると、こんな感じ↓

そして、いよいよ天守のある本丸だ!
本丸にはもともと「本丸御殿(ほんまるごてん)」があったんだけど、火事で焼失してしまったらしい。

今も御殿の跡があるだけで、建物がないから、天守の存在感がより際立っていたよね。
それにしてもさ、松本城の天守って複雑な作りだよね。
よく見るお城の天守って、どど~ん!と縦に長くて大きい天守が1つ建っていると思うんだけど…。
松本城は、小さい天守に大きい天守、そして櫓(やぐら)が3つ合体した連結複合式なんだって。
「一体どれが天守ですか?」
って、スタッフさんに質問したら
「全部合わせて、一塊で天守です」
との答えだったよ。
んで、天守の中も見学したんだけどさ、予想以上に観光客が多すぎちゃって、じっくりとは見学ができなかったな。
ほとんどが海外の観光客だったから、平日でも激込み。
土日や祝日はもっとすごいと、スタッフさんが言っていたしね。
けど、なんとか人がいなくなった瞬間を狙って撮影したりした。

階段付近は撮影が禁止されているから、少し離れた場所から撮影。
階段がとっても急だし、とにかく人が多いから、階段付近での撮影は確かに危険。
天守の中は、じっくりと見学ができなかったのもあって、特にメチャメチャ特徴的だと感じたものは無かったんだけど…。
なんか「狭間(さま)」がやたらと多いような気もしたんだよね。
狭間っていうのは、火縄銃とか、矢を外に向かって放つための四角や長方形に開けられて穴の事。
まぁ、どんなお城にも狭間はたくさんあると思うし、実際に比べてみたことはないからわからないんだけど…。
この写真を見ても、けっこう日の光が差し込んでいるように感じるじゃない?
お城ってさ、なんだか暗~いイメージがあるからさ。
んで、コレよ↓

この黒い板みたいな、箱みたいなものは、狭間を塞ぐフタかな?
夏場は良いけど、冬は寒いだろうし、虫や鳥とかも入ってくるかもしれないしね。
てか、このフタっぽいものは、昔から使われていたのか?それとも今の時代にお城を保護するために作られたものなのか??
ちょっと気になったけど、近くにスタッフさんがいなかったから謎のままだね。
さらに、謎なのはこの神様よ。

最上階の天井にまつられているの。
確かに、神棚とかそういう神様的なものって、高い場所にあるイメージだけど…。
高すぎるでしょ(`・д・´)ノ
どの方向を向いて手をたたくのよ?
上を向きながら頭を下げるの??
どーゆーこと???
いろいろ謎だったけど、詳しい説明とかは特になかったから、謎のままだ。
まぁ、神様ってのは、そんな小さなことは気にしないくらい広い心を持っているさ。
さてさて、そんな松本城の天守で特徴的な部分と言えば。
戦国時代に建てられた戦いに備えた天守と、平和な江戸時代に増築された櫓(やぐら)を見比べるってところかな?

戦国時代に建てられた建物は、下の写真右にある「乾小天守(いぬいこてんしゅ)」っていう小さい天守と、左の「大天守」。

その2つをつなぐ「渡櫓(わたりやぐら)」
この3つだ。
江戸時代に建てられたのは、下の写真一番手前の「月見櫓(つきみやぐら)」と、大天守と月見櫓をつなぐ「辰巳附櫓(たつみつけやぐら)」

月見櫓に関しては、当時の将軍だった徳川家光を迎えるために建てたんだとか。
けどさ、物事ってそうそう思った通りにはいかないのが世の常。
結局、家光が来ることは無かったんだってさ。
普通に考えたら、残念過ぎるエピソードよ。
けど、そんなことにも凹まずに、城主はここで、お月見やら宴会なんかをしていたのかも知れないね。

月見櫓は平和な時代に建てられた建物だから、とっても開放的な作りだよね。
時代や世の中の情勢によって、建物も変わるんだね。
さて、天守を見学し終えたら、お次は「二の丸御殿跡(にのまるごてんあと)」を見学。

てか、松本城全体の見学は、1日では終わらなかったから、二の丸御殿跡には次の日にもう一度見学に来たの。
太鼓門と、二の丸御殿跡は無料の見学エリアになる。
個人的には、この二の丸御殿跡が、なかなか楽しかったヾ(o´∀`o)ノ

この二の丸御殿は、本丸御殿が火事で焼けた後に生活や仕事をする場所として使われていたらしい。
「かまど」と書いてある所や、井戸っぽいものがあって、ここが炊事場だったことが想像できる。
さらに、「味噌部屋」なんていう部屋まである。

味噌部屋は、かなり広いスペースの部屋だ。
昔から信州では、味噌を大事にしていたんだね。
それに比べて、この「草履取部屋(ぞうりとりべや)」は、やたらと狭い。

これ実際に見ると、かなり小さなスペースだったんだよね。
一畳くらいかな??
当時はふすまや障子で仕切られていたのか?どんな感じだったのかはわからないけど…。
人が一人で、この空間に待機していても、かなりしんどいと思う。
もし、草履取りのスタッフが複数人いたりとか、そのスタッフ同士の人間関係が良好でない場合、そのストレスは計り知れないものがある(・ε・`*)
しかしさ、今の現代人からしてみると、草履取りの職業って考えられないよね?
草履を持ってくるだけの人?
草履を持ってくるスペシャリスト??

いずれにせよ、メチャメチャ無駄な人件費(〃´ω`〃)
時代が違うって、ものすごい価値観のズレがあるね。
てな感じで、いろんな事が妄想出来て、二の丸御殿の見学はかなり楽しいものだった!
そんな松本城を見学した様子は、動画でもう少し詳しく紹介しているので、良かったら見てみてね↓
松本城を見学してみて、個人的な感想としては、松本市立博物館のジオラマと今の城内の様子を見比べられるのが非常に良かった。
二の丸御殿跡も、かなり面白かったしね。
松本城は、天守の外から見たビジュアルが良すぎちゃうから、どうしても天守に目が行っちゃうんだけど…。
がりぼんとしては、メチャメチャ二の丸御殿。。。
押し!⇓

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